横浜市幼稚園協会

子育て応援団 ~絵本の散歩道~

NO.209  『まどのそとのそのまたむこう』(今月のおまけ)
モ−リス・センダック さく・え  わき あきこ訳  福音館書店 


  5月8日、モ−リス・センダックが83歳で亡くなったとの記事を目にしました。この絵本委員会は今年で10年目を迎えますが、一番最初に取り上げた絵本は、センダックの『かいじゅうたちのいるところ』でした。一番目に何を選ぶかは本来相当迷うのでしょうが、私は、全く迷わずにこの本を選びました。

今回紹介する『まどのそとのそのまたむこう』は、『かいじゅうたちのいるところ』『まよなかのだいどころ』(共に冨山房)と合わせ、センダック3部作と呼ばれています。他の2冊と比べて紹介が遅くなってしまったのは、文章が長すぎて、ずっと、没になっていたからでした。また、一時期復刻されていたものの、残念ながら、現在はまた絶版となっているようです。それでも、幼稚園や図書館にはあると思いますので、是非探してみて下さい。

 この絵本は、解説で一冊の本が書けるほど難解な本らしいのですが、そこは素人ということで、恐れ多くも大胆に、3つの特徴に分けて考えてみました。

 

1、不気味な絵

この絵本が、同じくセンダックの描いた『かいじゅうたちのいるところ』に比べて評価が分かれるのは、この絵が好きか嫌いかによるのではないかと思います。

センダック自身、この絵本の背景には、モーツァルトの『魔笛』があると語っており、そのために、モーツァルトの時代に合わせて描いているということが一般的な解釈のようです。しかし、私がこの本を初めて見た時の印象は、キリスト教の聖画を見た時のようで、荘厳ではあるが重苦しく、リアルさと不気味さと紙一重、というのが正直な感想でした。

 訳者の脇明子さん自身も、センダックがこんな不気味な本を描いた理由の一つには、子どもの頃の様々な恐怖の体験があると言っているくらいですから、一般的には、やっぱり気味が悪いと思う方が多いのかもしれません。

2、日本語のタイトルが物語を複雑にしている

この絵本が日本で出版される前、渡辺茂男さんは、対談の中で、この本のタイトルを『そとは すぐそこ』と語っていました。この訳は、原題の『OUTSIDE  OVER  THERE』の直訳に近く、文字どおり、すぐ近くを指すことになります。しかし『まどのそとのそのまたむこう』となると、何かずっと遠くという気がしてしまいます。

話が逸れますが、私の中では、この本は『迷宮(ラビリュンス)』という映画とオーバーラップしています。この映画は、上映当時、「昔の子どもたちが、『オズの魔法使い』を映画の原体験として持っているならば、現代の子どもたちは、この『迷宮』を映画の原体験として持つかも知れない」といった批評もついた映画だったのですが、残念ながら、どうもその通りにはならなかったようでした。

映画の筋は、嫌々赤ちゃんの子守りをさせられるようになった主人公の女の子の前に、デヴィッド・ボウイ扮するところの魔王が現れ、その子をくれと言うのです。勝手にさらっていってしまえば良いと思うのですが、女の子が承諾しなければできないということになっているわけです。女の子も勿論断っていたのですが、赤ちゃんの世話が大変で、心の中で一瞬「この子がいなくなれば」と思ってしまいます。すると、その瞬間に赤ちゃんが魔王に連れ去られてしまい、事の重大さに気づいた女の子が、魔王の城へと取り戻しに出掛けていくという話です。

映画を見ていくにつれ、話の筋が『まどのそとのそのまたむこう』と似ているように感じ、偶然なのだろうかと不思議に思っていましたが、女の子の部屋の机の上に『かいじゅうたちのいるところ』がさりげなく置かれている場面があって、ああやっぱりと確信できました。

この映画の特徴は、最初は恐ろしく見えた魔王の手下も、勇気を奮って良く見ると、実は可愛らしいものであったり、巨大な相手も、小人たちが固まっているものであったりと、最初の印象と実際が全く逆であるというものでした。

この絵本でも、不気味なゴブリンが衣を脱ぐと愛らしい赤ちゃんであったり、主人公のアイダがくるっと振り向くと、その瞬間にゴブリンたちの洞くつの中に着いたりと、同じような展開が描かれています。愛情と疎ましさが表裏一体に誰の心の中にあることなどと共通しているのかもしれません。このように考えると、この絵本の話は、家から遠くで起こった出来事ではなく、日常生活の中で起こったこと、もっと大胆にいえば、少女の心の中での出来事だったのかもしれないと思うのです。

3、主人公は2人

単純に考えれば、この絵本の主人公は少女のアイダということになります。しかし、作者であるセンダック自身の姿はさらわれてしまう赤ちゃんの方に投影されています。

センダック自身『かいじゅうたちのいるところ』、『まよなかのだいどころ』そして、この『まどのそとのそのまたむこう』を三部作と称し、「怒り、たいくつ、恐れ、挫折感、ねたみなどのさまざまな感情を子どもたちがどのように克服し、彼らの生活の現実ととりくむかということ」が同じテーマになっていると語っています。しかし、それだけではなく、センダック自身、これらの作品を完成させることによって自らの過去に遡り、自分自身の子どもの頃の様々な恐怖の体験を克服することができたのだと思います。

この絵本は、日本語版には珍しく、表紙が布張り、箔押しとなっています。これは本人からの厳しい要請があったためで、訳者の脇さんも、「こんなに奥深い物語を安全に入り込んでまた出て来られる形にするには、確かにそういった配慮が絶対不可欠だった」と言っています。これらのことからは推し量れるように、この絵本はセンダックにとってやはり特別なものであることに間違いないのです。(S.T)


まどのそとのそのまたむこう

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