横浜市幼稚園協会

子育て応援団 〜絵本の散歩道〜

NO.238 『およぐひと』 (今月のおまけ)
長谷川集平  エルくらぶ


 私は子どもの頃から泣き虫ではあったのだけれど、還暦を過ぎ、頓に涙もろくなってしまったと自覚しています。そのことが実感されたのは、東日本大震災の1週間後に行われた卒園式の時でした。それまで何十回と卒園式の挨拶はしてきたのだけれど、涙がこみ上げるということはありませんでした。しかし、その時は茶話会の終了真際に起こった震災に話が及んだ途端に涙がこみ上げ、言葉に詰ってしまったのです。

今回紹介させていただくのは、東日本大震災からおよそ2年を経過し出版された絵本です。作者である長谷川集平は、昭和30年に起こった森永ヒ素ミルク事件の渦中にありながら幸いにして発症を免れた者の責務として『はせがわくんきらいや』(昭和51年 すばる書房 現在、復刊ドットコム)を描き、絵本作家としてデビューしました。そして、今回の作品では、同じ日本人でありながら、その災害から免れた表現者としての責任を果し切れないでいるもどかしさを告白しているように感じます。

この絵本には、震災の最中、家族を案じてその元へ帰ろうとしていたり、家族を守ってその場から逃れようとしながら命を落とした人々の無念さが描かれています。

『はせがわくんきらいや』において、滂沱たる涙を流すハセガワ君が描かれていたことと対称的に、『およぐひと』では、涙がこぼれ落ちるのを必死に堪えている男の姿が描かれています。この男の姿は、震災によってもたらされた無念さ、悲しさをどのように受け止めればよいのかと身悶える長谷川集平自身であるとともに、災害を免れた総ての日本人そのものでもあるのです。(S.T)

およぐひと

絵本インデックスへ戻る。